ようやく、新盆、花火大会、コンビニ閉店準備とトリプル行事が目白押しだった今年のお盆。

東京から、義姉夫婦に帰ってきてもらい、自宅でお留守番をお願いしていたのでなんとか乗り切れました!
「新盆」は、13日〜15日の間に波状的にお客様がお参りにいらっしゃいます。
なので、自宅待機が必須なわけなんです。
義姉から「お客様みえたよ〜」と携帯電話で連絡が入ると、コンビニにいる社長に声を掛けダッシュで自宅へ向かい、二人で義理を受け、義姉がお茶を運びしばし義母を偲んでお話をして、お帰りになるとまたそれぞれ会社へ戻り仕事をしての繰り返し。
ものすごい汗をかいたお盆weekでしたねぇ〜(泣)。
14日は、なぜか社長は商工会の抽選会場の当番だからと午後中いなくて、不義理をかいてしまったり(泣)、逆に商工会の会員の皆さんが新盆のお参りにいらっしゃって「社長、抽選会場にいたけど新盆なのにいいの?」と心配していただいたり、「新盆だって言えば役員でも当番から外してもらえるよ」と言われたりしたのですが、後の祭りなわけで...。
そういえば別の会員のお宅で不幸があって新盆だった時は、社長や別の会員の方が代わりに出たりしていたのですが...(汗)。
仕方ないですね...不義理をしてしまい本当に申し訳ございませんでした。
そんなこんなで、まぁ倒れることもなくなんとかお盆も花火大会も終え、ここから来週金曜日まではコンビニ閉店へ向けてのオペレーションが山となって立ちはだかっております(泣)。
ほどほどに頑張っていこうかと思っております(笑)


『信州新町限定花火ラベル』、お陰様で発売開始日以降毎日お客様にお越しいただいておりまして、感謝と感激の日々でございます。




東京から、この限定ラベルのためだけにお越しになられたお客様や、日頃長野県内3店舗で購入してくださっているお客様、なんだか発売したものの、電車もなくバスも往復2600円もかかる過疎化が進む信州新町にお越し頂き恐縮しております(汗)。


なかなかお酒のイベントにも出られないので、こういうときこそ、ゆっくりお話でもしたいところなのですが、なにぶん義母の新盆に花火大会にコンビニ閉店が重なり、事務所にはいるものの酒造場とはまったく関係ない仕事を昼間していたり、納品される花火大会用の商品を片付けたりと、心を亡くすほど忙しく、失礼をしてしまい本当に申し訳ございません(泣)。


私に代わり社員達が精一杯対応させていただきますのでご容赦くださいませ。




で、花火大会は弊社が経営しているコンビニエンスから徒歩3分のところに観客席があるため、とっても混みます(汗)。


場所取りの方々は早朝から動き始めますので、朝から夜10時くらいまで、何をしているのかよく分からないほどの忙しさでしてねぇ。


暑い中ちょっとでも冷たいドリンク類でと、ジュース&お茶などはあらかじめ冷やしておくため、毎年だいたい4パレット分ほど納品されたものを、冷蔵庫内で仕出しがやりやすいように種類ごとに積み直すのですが、これがまた重労働でしてねぇ。


右腕治療中だったことも忘れ、どんどん積み直ししていたら、右腕が痺れ始め、物がつかめなく落とすようになってしまいました(泣)。せっかく、良くなってきていたのに....。ほどほどにしないとですね。




何事もすべては半々に成り立っているそうです。

善悪、運不運、成功失敗、陰陽、苦楽、甘辛、自然に存在するものはすべて半々。

行き過ぎの場合、その反作用が生じ、元の位置に戻そうとする。

半々の法則は不滅であり、自分の力以上の存在。

常に中庸の心を持ち、過信も失意もまさに不要。

だそうです。よ〜く自分に言い聞かせないと!(笑)


毎日毎日暑いですねぇ〜。

涼しいイメージがつきものの「信州」という冠がついている信州新町ですが、ここのところ長野県最高気温ランキングではベスト10入りし続けている町です(泣)。
弊社事務所隣は、コンビニ駐車場でアスファルト舗装されていますので、その照り返しがすごく、また、自宅は西日が当たり続けているので、帰宅すると35〜36℃になっていて、朝方まで30℃切ることがありません...
お仏壇の供花も3日持てば良い方でしてねぇ...
幼い頃は、それでも暑いな〜と思った時の気温は33℃くらいだったような気がしますが、もう35度前後が当たり前の今年の夏ですね。
愛犬の散歩も、アスファルトが冷える頃なので夜20時近くになって散歩に出掛けております。
長野が避暑地と呼ばれる時代はもう終わりを告げましたねぇ。
「命に関わる暑さなので、エアコンを使いましょう」とメディアで盛んに言われていますが、この異常な暑さが続く要因が地球温暖化が影響しているとすれば、そこかしこでエアコン使えば来年以降ももっと暑くなっていくという悪循環になるのでしょうかねぇ。
恐竜が寒さで絶滅したように、人間は暑さで絶滅しちゃうのでしょうか...


この度、西日本各地で発生した災害により犠牲になられた方々に衷心よりお悔やみを申し上げますとともに、

被災された皆さまに対しまして謹んでお見舞いを申し上げます。

被災地域の一日も早い復旧を心より祈念申し上げます。

弊社も昭和の時代に、目の前の犀川、支流の太田川が氾濫し、浸水した経験を2度しております。
貯蔵蔵には、今もその当時ここまで浸水したという痕が残っております。
山口県の「獺祭」を醸す旭酒造さんが、被害に遭われたそうです。
約90万本の被害...想像を絶する本数です。
同業者として、また、水害に遭った経験のある酒蔵として、本当に心が痛みます。
蛇口を捻ると当たり前に飲める水が出て、当たり前にガスが使え、当たり前に電気が使える。
災害が起こるたび、改めて感じる。
当たり前なんかじゃなくて、奇跡的なことが連続しているのが毎日なのだと。
それと、昔の日本人は「風水」も重んじていましたが、先人たちの言い伝えというのも大事なことなのだなぁと。




修養の『修』は、修身すなわち身を修めること。身を修めるとは欲望や散漫な心を抑え、自分に勝つこと。
修養の『養』は、養う意味で、心を豊かにしていくことである。
『修養』は、やってもやらなくても、普通はあまりわからない。その人の価値は、ちょっと見ではわからない。

いざという時を見なければわからない。

かつての日本は共同体で物事にあたっていたわけですが、いまは消滅しつつあり、代わりに出てきたのが市場です。
その行き着く先がグローバル市場で、そこに必要なものは市場の論理、マネーの論理。
人間学は求められていません。
でも、人材が育つためにはどうしても共同体精神、人間学に基づく公の精神が必要なのではないでしょうか。
市場は所詮プライベートな場にすぎません。
難しい試験に通って高級官僚になったとしても、彼らに修養があるというわけではありません。
教養は試験で計れるけれども修養は計れない。
修養は学んだことを心で受け止めて、自分をより高めようと思い続ける努力が求められます。

人生の半分!?を生きて来て、尾澤家に嫁ぎ、様々な方々と接点を持つようになり関わるようになった26年の間に学んだことは、

教養も大事、大切ではあるけれど、修養は本当に「いざ」という時に役立つものだと。

仕事をしていくうえで、さらには生きて行くうえで、時には「俯瞰」をして、全体を見直してみるということ、とても大切なのではないでしょうか。


尾澤家に嫁いできて26年。3回目の普請が始まりました。

3回目の普請は、コンビニエンスの増改築工事。
ここから約20年続けなければならないので、正直、義父も義母も亡くし自分も年齢を重ね、コンビニ事業をやめるつもりでした。
信州新町は加速度をつけながら、長野市内の中でも急速に人口が減り続けている町です。
夜7:30を過ぎれば、スーパーもホームセンターも閉まります。
そんな町の中心でコンビニエンスを営業していると、一人暮らしのお年寄り、旧市内の高校へ通学する子供と待ち合わせしている親子、病院でこれから勤務される看護士さん、仕事を終えた主婦にお父さん、様々な方々に利用していただいております。
「無くなったら困るだろうか?」そんな疑問を常連のお客様に聞いてみると、「本当に困る」「どうすればいいんだ?」と切実に訴えられます。
今この町に必要とされるお店を、自分達の都合だけで本当にやめても良いのだろうかと考えるようになりました。
このコンビニは亡き父が、この町に必要だとかなり苦労して契約にこぎつけたお店です。
だとしたら、あと15年だけ頑張ってみるかと、夫婦で決断しました。
義母を亡くしてから、前を向くことが出来なくなり、読もうと思って購入してあった本を読んだり、愛犬と散歩をしたり、ちょっと仕事から距離を置いて過ごしていました。
誰かのために尽くすこと自体が自分の幸せだと感じることがやっぱり自分の生き方なのかぁと再認識するようになりました。
尾澤家は代々、水内村と呼ばれていた頃は水内村のために水内村と篠ノ井地区に橋を架けたり、羊や牛などの家畜を飼い収入を増やせるように資金援助をしたり、町民が無料で使用できるミニ美術館に土蔵を改装したりと、この町のために奔走してきました。
三度目の普請は、地盤改良が必要でかなり多額の投資となってしまいましたが、酒造りを復活させた時の負債は3億。
それよりはかなり少ないものの、借金というものに十数年追われてこなかったので少々不安なことは事実です。
ですが、あのときは私も若かったので、勢いだけで返済できたのかもしれませんが、がんばったからこそ「今」があります。
私たち夫婦がこうしてここ信州新町でお酒造りを復活でき、ご愛顧頂いている信州新町の皆さんに恩返しができるよう、ご先祖たちに恥じぬよう、がんばろうと思います。
『迷ったら前へ。
 苦しかったら前に。
 つらかったら前に。
 後悔するのはそのあと、そのずっと後でいい』
星野仙一さんの言葉です。
とにかく前を向いて生きて行こうと思います。


そろそろ梅雨に入るのでしょうか?雨がシトシト降っています。

昨日は、午前中会社を抜け出し、恩師が眠るお寺へお墓参りに行ってきました。
そこのお寺は保育園が併設されていて、運動場で園児達が元気よく体操をしている横を通ってお寺へ入ります。
いろんな話しをしてきました。愚痴もです。これからのことも。
当たり前ですが、私の問いかけには何も答えては下さらないわけで、自分で決めなさいということなのでしょうか。
「夫婦は対、お互いの杖に」、恩師から言われた夫婦像。

夫と妻、って別々の独立した人間ですが、チームだと思うんです。

何をやるにも、そうです。

家族が幸せになるには?より快適に暮らすには?を考えれば、誰が家事をやろうが、仕事をしようが、できるだけ平等になるようになっていて。

仕事も同様で、お互い得意とする分野を行うようにして、何かを決める時は一緒に考えて決めたり。

なるべく一緒に、平等に、1つのチームのようなものとして、家事も仕事も取り組むっていう。

うまく表現できないけれど、家事も、夫婦2人での家事のアウトプットが、その家庭内での家事力だし、

逆に仕事も、夫婦2人のアウトプットが、世の中のためになったり社会のためになったりして、その対価としてお金をもらい生活するっていうスタンスで。

共存する時間をわかちあう、といいますか...

夫婦はチームだという意識が足りないと不平不満が募ってくるような。

家事分担も、仕事分担も、「私ばかり」「俺だって」という概念に陥ってくるような。

それってすごく悲しいことだと思うんです。

もちろん別の人間だし価値観も違うのですべてを同じように捉える必要はないと思いますが、もう少し、夫婦はチームだという意識があれば、家庭内の家事も、それから仕事だって、切磋琢磨しあって、お互いに応援できる関係になっていくんじゃないかなぁと思います。

特殊な家庭環境の下で育った社長ですから、「家庭」とか「愛情」とか「団欒」とか「労る」とかそういうことが、どういう言葉や行動のことを受けた相手がとってもらえるのかがまったく分からないわけでして...
ほんのちょっとでもいいので、一緒に前を向いて人生を歩んで欲しいなと。
私の杖が折れそうです。


各方面からいろいろとご心配や励ましを頂いております(泣)。

今日は、社員のH君から、「最近、お義母さん亡くなってから仕事が雑だよ!」と言われてしまいました(汗)。
う〜む。確かに雑かもしれません。雑というより投げ遣りです。
大きな酒蔵ではないのですが、江戸文政から続いてきている田舎の旧家である尾澤家ですので、まぁいろいろと考えさせられることが多々ありましてねぇ。
亡くなった義父からよく、「人の死で集まった身内も親戚も含めその人の在り方がみられるので、よ〜く観察して本当にその人がお前に必要なのかどうか見極めるように」と言われていたのですが、確かにその人の本質といいますか人としての在り方がよくわかります。なんだか、そんなことが毎日毎日なにかしらあると、疲れ果てるといいますか嫌になるといいますか、もうそれ以上その人が崩れていく姿を見たくないといいますか、なんといいますか...
亡き父も、祖母に父に母にと、3度こうした同じ場面に遭遇し同じように心を傷めそれでも前を向いて生きていたんだなぁと思う毎日です。
あ〜してあげれば良かった、こーしてあげれば良かったと後悔することは多々多々ありますが、過去には戻ることはできないわけで。
そういうものを背負いながら生きていくのが人間の宿命なのかもしれませんね。
最近は、そんな様々な思いを心の奥深くにしまいこむかのように、日本酒を飲むことが多くなりました。
そういえば、数年前に、九州の方からお手紙を頂いたことを思い出しました。
亡くなったご主人が、十九SRSが好きで、好きな日本酒に出会えたこと、亡くなった後も、お仏壇に供えてくださって、少ない人数でお酒を醸されていると聞き、これからもこんな素敵な出会いのためにがんばってください、ありがとうございましたと書かれていました。
日本人だからこそ、喜怒哀楽を鎮めてくれる、日本酒と共に歩んできたのかもしれませんね。


今日は、来月に執り行われる七七日法要後の納骨式の準備をしに尾澤家のお墓へ行きました。

尾澤家のお墓がある高雲寺さんは、六文銭 松代藩を治めていた真田家とゆかりのあるお寺です。
墓地がある場所は、何度も土砂崩れに遭ってきたところで、土砂が崩れてお骨が分からなくならないようにと火葬になって以降、先祖代々の遺骨は骨壷で納められています。
お墓の下が空洞になっていて、そこがカロートとよばれる納骨室になっているのですが、入口は約40cmほど深さは150cmほどでしょうか。入口が狭いので、亡き父を納骨する前までは、親戚の子供に入ってもらい納骨していたようなのですが、親戚縁者の子供も大きくなり、亡き父からは、私が納骨するようになりました。当主である社長がと思われる方も多いと思いますが(汗)、186cmの大きな体の社長は入口すら入れず(泣)、家族の中で肩幅が40cmくらいで宙づりでも腕力がある人となると私しか入れないわけでしてねぇ(汗)。
しかも今回は、カロートの中の棚がお骨でいっぱいで納められないので、ピンコロと御影石板で新たに棚を設置してそこにご先祖を二柱移動して、父の隣に母を納めることにしました。
ピンコロはともかく、さすがに御影石板一枚を入れるのは至難の業でしたので、社員Y君にお願いして手伝ってもらいました。
まずはピンコロを両脇に二個ずつ設置し、紐で石板を吊るして中に入れたまま、私が入り中に落ちないないように社長に足を押さえてもらい、徐々に石板をピンコロの位置まで下ろしてもらいながら乗せる作戦。
なんとか作戦も成功し、次はご先祖のお骨の移動。
おそらく骨壷の中が結露した水でいっぱいでものすごく重く、宙に浮いている状態なので足で踏ん張りがきかず、持った骨壷を落とすわけにもいきませんから、一人暗いカロート内で「おりゃぁ〜!」と叫びながら、なんとか移すことができました。
父の時も今日もそうですが、自分が死んだ後、ここに入るのかぁ〜と思うと、真っ暗で土に囲まれた場所ならば、海や宇宙に散骨してもらった方が嬉しいかな!?と思いました。
こういうことも嫁さんがやるのが尾澤家です(笑)


夏日が続いたかと思えば、気温差が激しく、なんとなく肌寒さを感じています。

痛みがある腕に針治療そしてもらているのですが、調子にのって週末に自宅の大掃除をしたら悪化し炎症を起こしてしまっているようで....(汗)
腕のストレッチをしながら、なるべく使わないようにしています。

愛犬の散歩をしていると、『Green』が鮮やかにアンダーグラウンドを埋め尽くしています。
先日搾ったお酒のラベルをどうしようかなぁ〜と思案中なのですが、『!』と(笑)。
久しぶりに、『Green』でいこうかなぁ〜と。

で、ただいま制作中。


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