修養の『修』は、修身すなわち身を修めること。身を修めるとは欲望や散漫な心を抑え、自分に勝つこと。
修養の『養』は、養う意味で、心を豊かにしていくことである。
『修養』は、やってもやらなくても、普通はあまりわからない。その人の価値は、ちょっと見ではわからない。

いざという時を見なければわからない。

かつての日本は共同体で物事にあたっていたわけですが、いまは消滅しつつあり、代わりに出てきたのが市場です。
その行き着く先がグローバル市場で、そこに必要なものは市場の論理、マネーの論理。
人間学は求められていません。
でも、人材が育つためにはどうしても共同体精神、人間学に基づく公の精神が必要なのではないでしょうか。
市場は所詮プライベートな場にすぎません。
難しい試験に通って高級官僚になったとしても、彼らに修養があるというわけではありません。
教養は試験で計れるけれども修養は計れない。
修養は学んだことを心で受け止めて、自分をより高めようと思い続ける努力が求められます。

人生の半分!?を生きて来て、尾澤家に嫁ぎ、様々な方々と接点を持つようになり関わるようになった26年の間に学んだことは、

教養も大事、大切ではあるけれど、修養は本当に「いざ」という時に役立つものだと。

仕事をしていくうえで、さらには生きて行くうえで、時には「俯瞰」をして、全体を見直してみるということ、とても大切なのではないでしょうか。


尾澤家に嫁いできて26年。3回目の普請が始まりました。

3回目の普請は、コンビニエンスの増改築工事。
ここから約20年続けなければならないので、正直、義父も義母も亡くし自分も年齢を重ね、コンビニ事業をやめるつもりでした。
信州新町は加速度をつけながら、長野市内の中でも急速に人口が減り続けている町です。
夜7:30を過ぎれば、スーパーもホームセンターも閉まります。
そんな町の中心でコンビニエンスを営業していると、一人暮らしのお年寄り、旧市内の高校へ通学する子供と待ち合わせしている親子、病院でこれから勤務される看護士さん、仕事を終えた主婦にお父さん、様々な方々に利用していただいております。
「無くなったら困るだろうか?」そんな疑問を常連のお客様に聞いてみると、「本当に困る」「どうすればいいんだ?」と切実に訴えられます。
今この町に必要とされるお店を、自分達の都合だけで本当にやめても良いのだろうかと考えるようになりました。
このコンビニは亡き父が、この町に必要だとかなり苦労して契約にこぎつけたお店です。
だとしたら、あと15年だけ頑張ってみるかと、夫婦で決断しました。
義母を亡くしてから、前を向くことが出来なくなり、読もうと思って購入してあった本を読んだり、愛犬と散歩をしたり、ちょっと仕事から距離を置いて過ごしていました。
誰かのために尽くすこと自体が自分の幸せだと感じることがやっぱり自分の生き方なのかぁと再認識するようになりました。
尾澤家は代々、水内村と呼ばれていた頃は水内村のために水内村と篠ノ井地区に橋を架けたり、羊や牛などの家畜を飼い収入を増やせるように資金援助をしたり、町民が無料で使用できるミニ美術館に土蔵を改装したりと、この町のために奔走してきました。
三度目の普請は、地盤改良が必要でかなり多額の投資となってしまいましたが、酒造りを復活させた時の負債は3億。
それよりはかなり少ないものの、借金というものに十数年追われてこなかったので少々不安なことは事実です。
ですが、あのときは私も若かったので、勢いだけで返済できたのかもしれませんが、がんばったからこそ「今」があります。
私たち夫婦がこうしてここ信州新町でお酒造りを復活でき、ご愛顧頂いている信州新町の皆さんに恩返しができるよう、ご先祖たちに恥じぬよう、がんばろうと思います。
『迷ったら前へ。
 苦しかったら前に。
 つらかったら前に。
 後悔するのはそのあと、そのずっと後でいい』
星野仙一さんの言葉です。
とにかく前を向いて生きて行こうと思います。


そろそろ梅雨に入るのでしょうか?雨がシトシト降っています。

昨日は、午前中会社を抜け出し、恩師が眠るお寺へお墓参りに行ってきました。
そこのお寺は保育園が併設されていて、運動場で園児達が元気よく体操をしている横を通ってお寺へ入ります。
いろんな話しをしてきました。愚痴もです。これからのことも。
当たり前ですが、私の問いかけには何も答えては下さらないわけで、自分で決めなさいということなのでしょうか。
「夫婦は対、お互いの杖に」、恩師から言われた夫婦像。

夫と妻、って別々の独立した人間ですが、チームだと思うんです。

何をやるにも、そうです。

家族が幸せになるには?より快適に暮らすには?を考えれば、誰が家事をやろうが、仕事をしようが、できるだけ平等になるようになっていて。

仕事も同様で、お互い得意とする分野を行うようにして、何かを決める時は一緒に考えて決めたり。

なるべく一緒に、平等に、1つのチームのようなものとして、家事も仕事も取り組むっていう。

うまく表現できないけれど、家事も、夫婦2人での家事のアウトプットが、その家庭内での家事力だし、

逆に仕事も、夫婦2人のアウトプットが、世の中のためになったり社会のためになったりして、その対価としてお金をもらい生活するっていうスタンスで。

共存する時間をわかちあう、といいますか...

夫婦はチームだという意識が足りないと不平不満が募ってくるような。

家事分担も、仕事分担も、「私ばかり」「俺だって」という概念に陥ってくるような。

それってすごく悲しいことだと思うんです。

もちろん別の人間だし価値観も違うのですべてを同じように捉える必要はないと思いますが、もう少し、夫婦はチームだという意識があれば、家庭内の家事も、それから仕事だって、切磋琢磨しあって、お互いに応援できる関係になっていくんじゃないかなぁと思います。

特殊な家庭環境の下で育った社長ですから、「家庭」とか「愛情」とか「団欒」とか「労る」とかそういうことが、どういう言葉や行動のことを受けた相手がとってもらえるのかがまったく分からないわけでして...
ほんのちょっとでもいいので、一緒に前を向いて人生を歩んで欲しいなと。
私の杖が折れそうです。


各方面からいろいろとご心配や励ましを頂いております(泣)。

今日は、社員のH君から、「最近、お義母さん亡くなってから仕事が雑だよ!」と言われてしまいました(汗)。
う〜む。確かに雑かもしれません。雑というより投げ遣りです。
大きな酒蔵ではないのですが、江戸文政から続いてきている田舎の旧家である尾澤家ですので、まぁいろいろと考えさせられることが多々ありましてねぇ。
亡くなった義父からよく、「人の死で集まった身内も親戚も含めその人の在り方がみられるので、よ〜く観察して本当にその人がお前に必要なのかどうか見極めるように」と言われていたのですが、確かにその人の本質といいますか人としての在り方がよくわかります。なんだか、そんなことが毎日毎日なにかしらあると、疲れ果てるといいますか嫌になるといいますか、もうそれ以上その人が崩れていく姿を見たくないといいますか、なんといいますか...
亡き父も、祖母に父に母にと、3度こうした同じ場面に遭遇し同じように心を傷めそれでも前を向いて生きていたんだなぁと思う毎日です。
あ〜してあげれば良かった、こーしてあげれば良かったと後悔することは多々多々ありますが、過去には戻ることはできないわけで。
そういうものを背負いながら生きていくのが人間の宿命なのかもしれませんね。
最近は、そんな様々な思いを心の奥深くにしまいこむかのように、日本酒を飲むことが多くなりました。
そういえば、数年前に、九州の方からお手紙を頂いたことを思い出しました。
亡くなったご主人が、十九SRSが好きで、好きな日本酒に出会えたこと、亡くなった後も、お仏壇に供えてくださって、少ない人数でお酒を醸されていると聞き、これからもこんな素敵な出会いのためにがんばってください、ありがとうございましたと書かれていました。
日本人だからこそ、喜怒哀楽を鎮めてくれる、日本酒と共に歩んできたのかもしれませんね。


今日は、来月に執り行われる七七日法要後の納骨式の準備をしに尾澤家のお墓へ行きました。

尾澤家のお墓がある高雲寺さんは、六文銭 松代藩を治めていた真田家とゆかりのあるお寺です。
墓地がある場所は、何度も土砂崩れに遭ってきたところで、土砂が崩れてお骨が分からなくならないようにと火葬になって以降、先祖代々の遺骨は骨壷で納められています。
お墓の下が空洞になっていて、そこがカロートとよばれる納骨室になっているのですが、入口は約40cmほど深さは150cmほどでしょうか。入口が狭いので、亡き父を納骨する前までは、親戚の子供に入ってもらい納骨していたようなのですが、親戚縁者の子供も大きくなり、亡き父からは、私が納骨するようになりました。当主である社長がと思われる方も多いと思いますが(汗)、186cmの大きな体の社長は入口すら入れず(泣)、家族の中で肩幅が40cmくらいで宙づりでも腕力がある人となると私しか入れないわけでしてねぇ(汗)。
しかも今回は、カロートの中の棚がお骨でいっぱいで納められないので、ピンコロと御影石板で新たに棚を設置してそこにご先祖を二柱移動して、父の隣に母を納めることにしました。
ピンコロはともかく、さすがに御影石板一枚を入れるのは至難の業でしたので、社員Y君にお願いして手伝ってもらいました。
まずはピンコロを両脇に二個ずつ設置し、紐で石板を吊るして中に入れたまま、私が入り中に落ちないないように社長に足を押さえてもらい、徐々に石板をピンコロの位置まで下ろしてもらいながら乗せる作戦。
なんとか作戦も成功し、次はご先祖のお骨の移動。
おそらく骨壷の中が結露した水でいっぱいでものすごく重く、宙に浮いている状態なので足で踏ん張りがきかず、持った骨壷を落とすわけにもいきませんから、一人暗いカロート内で「おりゃぁ〜!」と叫びながら、なんとか移すことができました。
父の時も今日もそうですが、自分が死んだ後、ここに入るのかぁ〜と思うと、真っ暗で土に囲まれた場所ならば、海や宇宙に散骨してもらった方が嬉しいかな!?と思いました。
こういうことも嫁さんがやるのが尾澤家です(笑)


夏日が続いたかと思えば、気温差が激しく、なんとなく肌寒さを感じています。

痛みがある腕に針治療そしてもらているのですが、調子にのって週末に自宅の大掃除をしたら悪化し炎症を起こしてしまっているようで....(汗)
腕のストレッチをしながら、なるべく使わないようにしています。

愛犬の散歩をしていると、『Green』が鮮やかにアンダーグラウンドを埋め尽くしています。
先日搾ったお酒のラベルをどうしようかなぁ〜と思案中なのですが、『!』と(笑)。
久しぶりに、『Green』でいこうかなぁ〜と。

で、ただいま制作中。


甑倒し後、初の日曜日。

昨日に引き続き、夏日の信州です。

蔵へ行って櫂入れをし、布団を干して、自宅の大掃除(笑)。
よくもまぁ〜こんな埃だらけの部屋でアレルギー症状がでなかったものだ!(汗)。
部屋という部屋の窓を全開にし、ハタキを掛けて掃除機かけて、床を水拭きしました。
右腕が使えないので、左手で...(泣)

越冬!?したらしき、カメムシが数匹。
もう....女子としても主婦としても失格ですね...

真剣に、『働き方改革』を考えることにします。


大掃除をすること丸1日。きれいになった部屋に心地よい風が通り、気持ちが良いものです!



甑倒しの翌日です。

朝の蒸かしも、夜通しの麹のお世話もないのに、2時間おきに起きてしまう約7ヶ月の習慣....

恐ろしやぁ〜(汗)。

早朝から、松川村で酒米を作るK君が来社。
K君も冬は酒造りをしているので、「今年はどうだった?」という話しをしつつ、お互いの近況を。
今日も夏日ですが、お米の苗が灼けないようにしないとと、お米作り早々から注意が必要とのことでした。

で、蔵へ行って櫂入れをしているとY君も遅めの出社。
なにかに追われることから解放されているので、今日からはゆっくり仕事をしています。

K君に頂いた、初物の筍のあく抜きをしつつ、お酒造り期間中、売店は閉店したままでしたので、久しぶりにお店を開けて、
お掃除をしました。
まぁ〜7ヶ月手もつけられませんでしたから、埃がすごいこと...(汗)。
自動ドアのガラスも、花粉だらけでしたので洗ってキレイになりましたぁ〜!
で、メンズ専用トイレもエライこっちゃだろうと思いきや、おそらくY君が時々お掃除をしていてくれたので、天気も良いので床掃除をして風通しを。

並行して、自宅では、寝具の洗濯に布団干し。もう、主婦として女性としても本当に恥ずかしいですよ...(泣)。
ちなみにY君の部屋もエライこっちゃ〜になっているそうですが...

やはり、「酒造り」を一緒にしてもらえる社員を入れて育てないとダメですね。
私が抜けてしまうと、Y君に仕事の負担が今以上にかかってしまいますしねぇ。
どうすればいいんだ〜い!って感じです。



知り合いの酒蔵さんたちが軒並み「こしきだおし」を迎えたとSNSにUPしています。

弊社も、いよいよ今週待ちに待った!?「甑倒し」を迎えます。
仕込みも、残すところ2本となり、時間に余裕も出て来たので、なかなか会いに行くことができなかった義母の施設へ行ってきました。

低気圧が近づいているせいか、関節が痛く、体が痛いと訴え、夜寝られないのだそうで(汗)。
まぁ、それでも、「あれが食べたいから次来るとき持ってきて!」といつもどおりの義母でしたので安心しましたが。

施設は、車で10〜15分ほど。以前の施設は30〜40分ほどかかりましたので、週末くらいにしか行ってあげられませんでしたが、
今の施設に移ってからは、面会時間20:00までなので、仕事の合間をみて行くことができます。
食いしん坊の義母のために、義母が好きなものを取り寄せたり。
わがままな義母ですので、なにかと施設の方々にはご迷惑をお掛けすることが多く心苦しく感じることが多々あるのですが(泣)、みなさんとっても良い方達ばかりなのと、介護をされている姿を見ると本当に頭が下がる思いになります。
自分の親を施設に預けるということはそれなりにいろんな葛藤もあるのですが、施設の方々にお世話になることで、こうしてお酒造りもできるわけで...。

社員たちはもちろんのこと、酒販店さん、お米農家さん、飲食店さん、消費者の皆さん、醸造業者さん、友人、家族、施設の皆さん、いろんな方々のお陰で、私はお酒を醸させてもらっているんだなぁ〜と、帰り道にふと思いました。

甑倒しまであと4日。怪我もなく無事に迎えられますように。



「働き方改革」は、人手不足が深刻な工場や現場から変えていかなければならないのかもしれません。


私が嫁いできた時は、新潟から杜氏さん、蔵人さんが冬の間お酒造りに来て頂いておりました。
歴代の杜氏さん、蔵人さんが退職された時、必ず奥様方から、「親の死に目にも立ち会えませんでしたし、大雪が降っても雪かきをしなければなりませんでしたし、子育ても一人でやらなければなりませんでしたし、PTAも自治会の仕事も全部私がやらなければなりませんでしたので、正直とても辛かったです。これでやっと主人と二人365日過ごせるのでとても幸せです」と言われました。
その当時は、私も酒造りのしんどさはまったく理解できていませんでしたから、「大変でしたね」くらいしか言葉が出ませんでした。

酒造りという仕事をする以上、こういうことがごくごく当たり前の時代だったのかもしれませんが、今の時代はそういうわけにはいきません。

現在、弊社には3名の社員と私と社長の5人体制。
この5人だけで、お酒を醸し、瓶詰めをし、出荷作業も配達もしています。
5人のうち、3人がまだまだ子育て中。
とにかく、残業がないように定時であがれるよう、ちゃっちゃと仕事を終わらせるように仕事の段取りをしながら1日の作業を組んで仕事をしています。
独身1名と私と社長の3人で全てがまかなえる石数に減らし、子育て中の3名はそれぞれ必要な時に出社してもらうというのであれば良いのですが、そうなると子育て中の3名経済的に大変になってしまうし(汗)、今のままであれば、独身1名と私の時間的&体力的な負担は増えていくばかり...(泣)

なにをどうすれば良いものか....
なかなか難しい問題です。


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