その時は突然にやってくるものですね。
4/28(土)お昼前に、義母の施設から尋常ではない電話口の向こうのの様子で、義母に何かがあったことがすぐにわかりました。
病院へ搬送されたものの、心拍の波形は徐々に小さくなり....
すぐに、東京にいる一人娘である義姉の携帯に電話をして、義母の耳にあて、最愛の娘の声を聞かせたまま息を引き取りました。
この場で、詳細なことは書き切れませんが、義母らしいというか、嫁であり養女でもある私にとっては、大きな喪失感と後悔で...
嫁いできて26年、いつもいつも私がいっぱいいっぱいになり手を放すと、病になったり大怪我を負ったりで、最期の最期も亡くなる5日前に施設から呼ばれ、相談員さん、看護婦さんから義母の状況を説明され、「またか...」と思い手を放してしまった5日後にこういうことになってしまい、私が死なせてしまったのだなと、後悔しても後悔しきれないことをしてしまいました。
なんで、大怪我とこの日、26年間それでも手を放さなかったのに放してしまったのだろうって思うと、なんて自分は弱い人間で自分勝手な人間なんだと自分に腹立たしく思うわけで。
廃業を決めていたこの蔵を、そのまま廃業し売却してコンビニエンスだけを経営して、義父、義母と社長と私の4人で生活していたら、義父も義母も二人とも、自宅でもうちょっと長生きできたんじゃないだろうかと思うのです。
私が酒造りを復活なんかしなければ...
すみません。今は、酒造りが楽しいとは思えなく、酒造りが辛いです。


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まず僕は34歳で母はすでに居ません。
母が病気の時に何かしてあげられた記憶もありません。
母が病気の時も、今日この日も母の残した会社を守る気持ちだけでがんばっています。
僕よりも先輩だからすでにご存知だと思いますが、私生活も仕事もどんなに頑張っても後悔は必ず訪れます。
それを乗り越えるキッカケは必ず来ます!
乗り越えて日々母に恥じない仕事をしようと頑張ってます。
人の死は個々に人生を再確認させます。
どんな事を思い、どんな結果になるか分かりませんが、僕は大好きな19の自作を楽しみにしてます。

  • 山田
  • 2018/05/11 9:27 PM









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