昨日は広島に原爆が投下された日でした。
原爆が投下されてから64年。
宇宙開発は進歩しましたが、地球上での
「戦争」「核兵器」に関してはなんの進歩も
ありません。それどころか激しさ、危うさばかりです。
人間っていう奴は・・・どうしようもありませんね。

戦争は様々な不幸をもたらします。

日本酒についてもそうです。
「醸造アルコール」というものの存在が業界では
色々と言われています。
第二次世界大戦でお米が不足した状況下において、
少ないお米で化学的につくられた「三倍増醸酒(三増酒)」という、
アルコール・醸造用糖類・乳酸などが添加された、少ない原料で
化学的にお酒の味を作ったものです。

「純米酒宣言」をする蔵も年々増えてきています。
戦争を生き抜いた伯父から話を聞くまでは、私も純米酒のみを
造っていこうと決めていたのですが・・・。

この伯父は、実家が清酒製造をしていたため農大へ進学。
戦争がはじまり、農大卒ということで満州へ出兵。
「君は農大卒だからとにかく食べるものがないから、食べられるものを作れ。」と
上官から言われたそうです。
もちろん、米から造られていた清酒も食べる米すらないわけですから造れない。
そんな中で生まれた「三増酒」は戦中戦後の米不足の時代に、明日死ぬことを
覚悟し海原へ散っていった兵士、傷ついて本国へ戻った兵士、復興のため日夜
踏ん張って生きてきた日本国民を救ったのは歴史的に見て事実なのです。

果たして、この「三増酒」「醸造アルコール」は存在悪なのでしょうか?
確かに味はいいとはいえないですし、平和な時代になった現在は混ぜ物をした
安いだけの代物です。
しかし戦争時、必死で生きてきた日本国民にとってはこの酒で苦しい中でも
和やかになれたことでしょう。

伯父は生前、私に「今の時代だ。糖類を添加した三増酒は廃止すべきだ。
三増酒の歴史から生まれたのが今の大吟醸だ。醸造アルコールを少しばかり添加
することで香りが良くなる。贅沢に米を半分以上も磨いて醸した酒なんか亡くなった
部下たちは喜びはしない。磨かないだけであとは大吟醸と一緒の普通酒を作れ。
その普通酒を造り続けることで、日本の戦争の悲惨さや負の歴史を語り継いでいって
欲しい」と。

特攻隊の出撃の際 決別の水盃が「純米酒」でなく「三増酒」だったこと。
米だけで醸せる純米酒が造れることは「戦争」が終わり「平和」になった証だということ。

戦争の傷跡としてこのことを認識するのも大事だと私は思います。


comment

私は酒を販売する身・・・。純米がやはり良いと思っていましたが「日本の戦争の悲惨さや負の歴史を語り継いでいって欲しい・・・」非常に心が痛く思い言葉・・・辛いですが、そう言う考えかもあるのか・・・と少し納得した気がしました。

  • 三代目
  • 2009/08/10 6:25 AM

>>三代目さん
コメントありがとうございます。
日本酒は日本の伝統であり文化でもありますが、戦争という辛い歴史を経て生まれた負の清酒「三増酒」、正の清酒「吟醸酒」表裏合わせ持っているのだと。純米酒を「醸せる」ことも「販売できる」ことも「飲める」ことも平和になったからこそなのだと思います。「平和」を願うものとして、日本酒を通して「戦争」というものを語り継いでいかれればと思っています。

  • 八代目蔵元
  • 2009/08/11 8:27 PM

祖父のことを調べる過程で、こちらの記事を目にしました。私の祖父は、満州、図們にて(酒造りの出稼ぎ)杜氏をしていたそうです。
私の祖父/家族は新潟の者ですが、祖父が杜氏としての仕事をしたのは、満州の平喜酒造(静岡)だと聞いています。 新潟県酒造試験場にて研究生として酒造りを学んだそうですが、冬季の出稼ぎとして、満州にての酒造りに昭和13年から19年春まで、(冬季のみ)行っていたそうです。
どんなお酒を作っていたのか、知りたいと思っていたのですが、戦中は、原料も厳しい状況だったのですね。

  • Satori Miniwa
  • 2017/09/26 9:59 PM

祖父のことを調べる過程で、こちらの記事を目にしました。私の祖父は、満州、図們にて(酒造りの出稼ぎ)杜氏をしていたそうです。
私の祖父/家族は新潟の者ですが、祖父が杜氏としての仕事をしたのは、満州の平喜酒造(静岡)だと聞いています。 新潟県酒造試験場にて研究生として酒造りを学んだそうですが、冬季の出稼ぎとして、満州にての酒造りに昭和13年から19年春まで、(冬季のみ)行っていたそうです。19年春に帰国し、夏前には出征し、済州島沖で戦死しました。
どんなお酒を作っていたのか、知りたいと思っていたのですが、戦中は、原料も厳しい状況だったのですね。

  • Satori Minowa
  • 2017/09/26 10:02 PM

>>Satori Minowaさん
コメントありがとうございます。
長野県内の杜氏さんの中でも、戦時中お酒造りをされていたという方もいらっしゃいます。厳しい時代でも美味しいお酒をと努力されて醸していたのでしょうね。

  • 八代目蔵元嫁
  • 2017/09/27 4:30 PM









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